「好かれたい」と「嫌われたくない」の違い

 

僕の死に方 エンディングダイアリー500日

僕の死に方 エンディングダイアリー500日

 

この本のメインテーマではないのですが、最も禿同した箇所がですね

気づくと私は、矢継ぎ早に質問をしていた。どれもが「◯◯は好き?」という質問。私が期待していたのは「嫌い」という反応だった。
「好きなもの」というのは、人それぞれだから、それが一致するのは難しい。でも「嫌いなもの」が一緒でないと、長く共にいるのは難しい。「嫌い」が共通しているかどうかが、いちばん大切な「判断のものさし」ではないだろうか。

ほんま、この通りですよ。コレクターズが好きじゃない人とはひとつ屋根の下に住めるけど、辻仁成が好きな人とは一緒に暮らせませんわ(違。

食卓に自分の好きなものがあがらないよりも、自分の嫌いなものばっかり載せられるほうが苦痛じゃないですか?好きなものがないことよりも、嫌いなものがあることのダメージのほうが大きいですよ(断言。

さて、これまた大変多いお悩みです。

嫌われたくない

嫌われたらどうしよう、って顔色をうかがってしまっている。何かやろうとしても、あ、これやって(言って)嫌われたらどうしよう、とブレーキがかかってしまう。

いつも言ってますけど(言ってるよね?)、私、嫌われても平気なんですよ。嫌われっ子、世にはばかる、ってね(激違。

しかし、そんな私にも(どんな?)この人には軽蔑されたくない、って人が少なからずいます。嫌われたくない、じゃないんですよ、軽蔑されたくないんですよ。お前って所詮そんな奴か、って切り捨てられたくないんです。

私が軽蔑されたくない人ってどういう人だと思われます?1時間ほど(長っ)考えてみてくださいね。




































私が軽蔑されたくない人は、私が好きな人です。はい、だから嫌いな人からは嫌われても軽蔑されても平気なんです。っつか、好かれたくないよね!!関わりたくないよね!!ゴーマンですか、そうですか。でもこれって、いわば身を守るためですよ。

みなさんご存知のように(知らんか)、私は自分の「好き」を語る以上に「嫌い」を語ることに情熱をそそぐのですが、以前そのメタアウトカムを探ったら、それは身を守るため、と出てきました。納得の結果ですよねー。

軽蔑されたくない、ま、イコール嫌われたくない、としてもいいですけど、軽蔑さえされてなかったら好かれてなくてもいいんですよ。相手を不快にしない程度に関わりを持たせて貰えたら恩の字なんです。だって好きな人だから。

相手が自分を好きかどうかではなくて、私が相手を好きかどうか、なんです。好きな人と繋がっていられるために、相手に軽蔑されないように自分を保つ。なんかやらかして軽蔑されないように気をつける。やらかしてしまったら謝る。

それは好きな人と繋がっていたいから。繋がっていることが必然でない関係は、バッサバッサと切ってしまってるわけです(ごめんね、切った人)

嫌われたくないという方のほとんどが、じゃあ自分は相手を好きなのか嫌いなのか、ってとこがまったくといっていいほど放ったらかしですよね。でも嫌われたくない、と恐れを抱かせる相手って、たいていが心地よくない存在です、脅威です。脅威だからこそ嫌われて攻撃されないように、って嫌われないようにガードしてるんです。

鎧です。

つまり、嫌われたくないという気持ちは鎧を着込んでる、ってことです。私はあなたの攻撃を恐れて鎧を着てますよ、だってあなた怖いもの、って言ってるのと同じなんです。そんなの相手にとって心地いいわけないですよね、癇に障るんですよ。

癇に障る、というものが介在する関係って常に緊張があってしんどいですよね。

好かれたい、は距離を縮めたい、という前向きな気持ち。

嫌われたくない、は攻撃されたくない、という防御の気持ち。

あなたが相手に対して抱く感情はどちらですか?それによって、その関係が必要なものなのか、不要なものなのかがはっきりすると思いますよ。不要な関係を継続することに、いらんエネルギーを使わないでください、疲れるだけです。

ジョニたん、宿題おそくなりました、これでいいですかー?

最後までお読みくださりありがとうございました✨
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