実は苦手でして、東村アキコ。
たぶん、ツヨツヨなとこが受け入れ難いのだと思います。
ほら、私ってヘタレだからさ。
しかし珍しく読みました、といっても漫画ではないのですが。
著者の幼少期から漫画家として活躍している現在までが、電話機の進化変遷とともに語られています。
なんで電話機か、著者のお父さんが今のNTT、かつての電電公社の職員だったからです。
親の職業によって生活ってえらいこと変わるんだなー、と思わされたと共に、起きたことをそのまま、特別変わったことがなくても、それはそれを知らない人にとっては十二分に歴史の物語であると、強く感じました。
有名漫画家の幼少期が、毎日全てすごいエピソードで彩られているわけではないのです。
みんな、自分の生まれ育ちの物語なんて特別変わったことない、って思ってるでしょ。
私の話なんて聞いたって、誰も面白がってくれない、ってね。
いや、面白いですよ。
知らないことだったら単純に「へえ〜」ってなるし、知ってることだったら「そう、そう、そうだよね」と自分の記憶の再確認、相手とのすり合わせができます。
そして反応してもらえるかどうかは、聞いた人がそれを必要としているかどうかに左右されるのです。
つ・ま・り
聞いてもらわないことには、必要かどうかがわかんないってことですよ。
あなたの失敗談が、あなたの得意気なドヤ話が、家族の誰にも話したくないエピソードが、それを聞くことで自分の悩み解決の参考にできる人がいるかもしんない、ってことです。
生育歴とは、自分だけの持ちネタ。
そんな美味しいネタ、披露せずにどうするのですか!
私はいっぱい聞かせてもらえてますけどね(自慢。
今のあなたは過去のあなたの物語の上に成り立っているんですよ。
今の自分が分からなくなったら、未来にどう進めばいいのか分からなくなったら、過去に向き合うというのはソンじゃないと思います。
飲んでる時でも、カフェででも、話の流れが自分語りになってきたら、どうぞそれに乗っちゃってください。
喋る方も、聞く方も、思わぬお宝を掘り出す可能性は極大ですよ。
「へえ〜」ってなったエピソードが2つ。
①
おウチは無駄遣いが許されず、絵を描く紙も自由にはならず、折り込み広告の印刷されていない裏しか使えなかったそう。
もしも用紙を潤沢に使えていたなら、間違いなくもっと絵が上手くなっていた、とぼやかれていたのが意外でした。
描くことの喜びに人生のごく初期に目覚めた著者は、描いて描いて描きまくって、そしてプロの漫画家を見ても技術向上には何がなんでも描かなくては話にならない、と強く思わされていたようです。
ロクに努力もしてない奴が夢を語るなと、手厳しいことも言われていました。
②
「りぼん」の愛読者だった著者が大人の道に一歩を踏み出したのは、ゴミ捨て場においてあった「ぶ〜け」の山がきっかけだったそうで。
ちなみに私、「ぶ〜け」を創刊時から知っております。ハイクオリティな、とんがった美意識に満ち満ちた贅沢な雑誌。
「ぶ〜け」との出会いが、著者を漫画家への道に背中蹴り飛ばしたことになったのでした。
かつての「ぶ〜け」の連載陣と現在の東山アキコがあまりつながらないのですが。
ま、私はほとんど読んでないですけどね。
*
行き先が見えなくなったら、迷ったら、かつての分岐点に戻ってみるというのはいかがでしょうか。
直接は問題解決の役に立たなくても、なんらしかのヒントにはなると思います。