どうも!ダメポでヘタレポンチャーな私がやってきましたよっ。さ、お約束のフレーズです。
強くなれ、と言われて強くなれるなら警察いらんやんね!!!!
去年の後半から「弱い」ということがテーマになってまして、またグズグズといらんことばっか考えてまとめることが出来てないのですが。カラーバス効果と済ませてはしまえない、今日の朝刊にこんなものが。
早く考えまとめてしまえよ、って言われてるような気がします。
12月に、超大型ブルドーザーから踏みつぶされて木っ端みじんにされる、ということがありまして、ブルドーザーさんは自分が猫車を踏みつぶしたことなど気づいてもいないことでしょう。そこで気づけました、ああ、私ってブルドーザーと勝負しようとしてたんだ、と。自分で猫車、猫車とか言っておきながら、猫車じゃダメだって思ってたよな、と気づけました。ブルドーザーに潰された痛みは結構なものでしたが、おかげで気づけました。ありがとう、ブルドーザーさん。
自分の弱さがもうどうにもイヤでして、強くなくてもいいんだよ、と人には言ってますけど実際強くならないと乗りこえられないものもあるわけです。これ、ほんとにどうにかしないとお先真っ暗だよ、ということもあるわけです。
他者に対して「強くなくてもいいだよ」と言えるのは、穴ぼこを埋めるためにヨシヨシしたらいいんだよ、ということがあるからです。穴ぼこ埋めたら、強くなきゃいけない、とかってことから自由になれるからです。ええ、私の穴ぼこはまだまだ埋まってません。誰か、埋めてー!!
自分に頑張ることを課している人に、強く「痛い」感があるのですが、痛い感なく頑張ってる人も居るわけで、痛いと思っちゃうのはその人の穴ぼこに私が反応しちゃってるからなんですよねー。だってほら、高性能の穴ぼこ探知機だからさ。
そう、今朝ですね、痛い感なく頑張ってる人の姿をいくつか目にしたんですよ。で、「痛い」感なく頑張れてる人ってなんでなんだろう、と考えてですね。
そう、「痛い」感なく頑張れてる人って自分の弱さを認めてる人なんですよね。弱さと折り合いをつけれてる人なんですよね。弱さにフタをしてしまっている人ではなくてですね。
ま、私のように弱いことに甘んじてしまって、どうせ私は弱いからダメなのよ!になってる人間も痛いといえば痛いですが。
弱さを認めたうえで、では弱くあることのデメリットはどうしたら解消できるか、それを見極めて解消するためのアクションを起こせばいいんですよね。つまりは現状の的確な認識が必要です。つまりは「向きあう」です。
はい、本日のテキストも岡田斗司夫 FREEex mag2 ですよ。岡田センセ、元旦だからといって仕事を休みません。頑張ってるわけじゃなくて、これが当たり前、フツーなんですよね。こういうとこに「頑張ってる」という表現をしてしまうと、なんか違うものになってしまいます。
【質問】
サトシさん/39歳/アシスタント/ブロマガ会員
「宮崎駿さんが言う”正直さ”とは」
“いつも面白くて役に立つお話をして下さりありがとうございます。宮崎駿さんの「風立ちぬ」の評論や他のジブリ作品の解説も動画で楽しく拝聴させて頂いています。
宮崎駿さんがインタビューで、庵野秀明さんの事を「彼はとても正直な男ですから」と言ったり、ジョン・ラセターのカーズを「大変、正直な作品だと思います。」と言ったり、「正直」という言葉を口にしているのを耳にします。
ここでいう「正直さ」というのは駿さんにとって、岡田さんはどんなニュアンスだと思われますか。是非、岡田さんに伺いたいです。よろしくお願いします。”
【岡田斗司夫の回答】
多分、宮崎駿は正直に作ってない。だから、他人の正直さを褒めるんだ。自分の中で「こういう作品を作るべきだ」と思いながら作ってる。でも、自分の中のドロドロしたものを出してない自覚がずっとあったと思うんですよね。
(中略)
「正直な男だ」って言うのは、庵野秀明だったら「俺はどんなエロ妄想してるんだ」と。「俺は何だかんだ言っても、2人の女がキャーキャー言ってくれる『エヴァンゲリオン』みたいな世界の作品が好きなんだ!」ってのをやると、ロボットアニメとして完結しない、それをまた未解決のままで出す所を見たら、「俺には出来ねえ、正直だなあ」と思っちゃったり(笑)。
(中略)
だから、その辺を庵野秀明も昔から気が付いてて、「富野由悠季はパンツ脱ぐけども、宮崎駿はパンツ履いたまま作品作ってる」って言ってるんだけどね。その辺りが正直さだと思う。
【まとめ】
宮崎駿は正直になれないこそのエンターテイメント作家であって、庵野君とか、ジョン・ラセターとか、富野さんは正直が故のアーティスト。ジョン・ラセターは正直さとハリウッド・ピクサームービーを両立できるところがすごい、と宮崎駿は思ってると思います。
宮崎駿は、自分は正直ではない、と認めているからいいと思います。自分が嘘ついてること、自分を出せてないことに気づけてない人が端から見ると痛いんですよねー。
嘘つくのはいいんです、自分出せない、出さないのもいいんです、でも嘘ついてること、自分を出せてないことに気づけてなかったらそれはまずいと思います。
自分の強さは鎧あってこそのもの、鎧で武装されてる方はここんとこお忘れなきよう。
鎧をまとっている間は傷つかなくて済むから、その間に力をつける、ってことはもちろん出来ますけどね。
まとまってないのは百も承知ですが、弱さに向きあうってのは簡単にはまとまらない大きなテーマで、当分それと格闘していきます。ダラダラですがお付き合いくださいませ。