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(おやじのせなか)片桐仁さん 好き嫌い許さず、箸でパーン
末尾の「僕に対しては、厳しくて煩わしい存在を演じていたんでしょう。いまはそう分かるし、感謝しています」にひっかかりました。
親の過剰とも思える躾(のようなもの)、躾は「おしつけ」とは寒い表現もありますが、単なる親の美意識の押し付けだったらそれをされる子供にとっては迷惑でしかないのでは。
では、迷惑にならないのはどんな時か。
1993年にカンボジアで殺害された中田厚仁さん、父親の武仁さんの教育方針が当時耳目を集めていました。多くの雑誌でインタビューされていたので、私もいくつか目にしました。
厚仁さんが大人になるまで、お茶を飲ませなかったんですって。水しか飲ませなかったんですって。理屈じゃなくて、大人と子供は違う、ってことを教えたかったんですって。
賛否両論でした。貫いててエライ!ってのと、なんたる押し付けだ!ってのと。私はどちらかといえば前者だったかな。水ってとこが絶妙ですよね、制限を与えられてもさほどダメージない。
これがテレビを見ちゃいけない、とか、プライベートがまったくないほどのお稽古事の強要とかだったらちょっと違っていたかもしれません。
というわけで(どういう?)多数のお稽古事を強要されたのが片桐さんです。
お稽古事の強要でお友達付き合いができなかった、それが現在のコミュ障もどきの根っこになってる、ってケース、非常に、ひっじょーに多いんですよ。
そのお稽古事がいまの自分にとってメリットとなっているかもしれません。お稽古させてくれてありがとう、って思えるかもしれません。
が。
それはあくまで現在の自分が思えることです。過去のデメリットがメリットへと転化してしまっている今だからこそ思えることです。
強制されるお稽古事の渦中にいた頃の身としては、自分にない自由を謳歌できている同級生たちの姿は羨ましいものだったことでしょう。それに引き換え、己の不自由な境遇を嘆いていたことでしょう。
片桐さんは「たまたま」ラッキーだったと思います。
いえ、ラッキーではありません(どっちやねん。
片桐さんのアートへの志向とおとうさまの理解が「たまたま」マッチした。これ、もしも方向性が違っていたら、抑圧や方向性を変えることへの強制が少なからずあったのではないでしょうか。
それとも、片桐さんが思っているとおりに、押えつけたあとの更なる飛躍を期待しておとうさまがあえて厳しいおとうさんを演じていたのかもしれません。
持っていたものをうまく活かして伸ばすことができて、望む活動ができている「今」の片桐さんだからこそ、思えることです。
それを、あえてやってくれていた、と思うということは逆に、渦中の苦痛はいかほどであったかと。
片桐さんのちっちゃいちゃんは、なんらかの形で声をあげることができて、納得できたのでしょうね。
現状が自分の目指すものといかほどのギャップがあるのか、それに自分は納得できるのか、そこんとこの見極めがちゃんとできてないのに「子供のためを思ってやってくれたのだ」という黄門さまの印籠でちっちゃいちゃんの声を抑え込むことだけはなさらないでくださいね。
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