何年か前に機会があったのに、主催者のミスで間違った日時が告知されていて、それを鵜呑みにして意気揚々と出かけた私は大いなる肩透かしをくらったのでありました。
コロナのために中止になったらどうしよう、とドキドキしていたのですが、無事にお目もじかないました。
ずっとお会いしたかった憧れの人、それは
本田哲郎神父です。
みなさんご存知のように(知らんか)持病が発病したときに漢方薬屋の前で見た「難病にかかるものは自分も他人も許していない」という張り紙が超衝撃だったのですが、それと同じくらい(ない)胸を打たれたのは教会にあった「神は貧しく小さくされた者と共に」というフレーズでした。
そこから行き着いたのが本田神父。
ほかにも膝を割るものはなぜかキリスト者、それもカソリック信者によって書かれたものばかり。これはちゃんと聖書を読まなくてはならないかと思ったものの、どうにも歯がたたず。毎朝教会にも通いましたが、やはり「何が」ではなくて「誰からか」なのですね。通った教会の神父さんの言葉にどうにも耳を傾けることができず、遠ざかってしまいました。
そんな私のもとに(どんな?)いろいろと届けてくださる方がありまして。
やっぱ本田神父だよなあ、と何気に検索したら、なんと、数日後に神戸に本田神父が来られるではないですか!
ということで(どういう?)いそいそと出かけて行った次第です。
沁みる、浸みるよ、本田神父のお言葉が。怒られるだろうけど、私にとってこれはイエスの言葉、聖書の言葉ではなくて、本田神父の言葉なのです。
釜ヶ崎でずっと「貧しく小さくされた」方々に福音を伝えてこられた本田神父だからこそ、です。
私にとってそれは「丶(・ω・`) ヨシヨシ」なのですよ。
*
さて、ミーハーは憧れの方と同じことをしたくなるものです。私が本田神父の真似っこをしたの、それは
散髪でーす。
本田神父は長らく釜ヶ崎で無料散髪をされています。
https://stapo.info/1432/tm068-w1280/
たとえばホームレス支援の現場などで、私ができることなんてなーんもないのですよ。現場で必要なのは人手、そして資金。無力感に沼ります。必要とされるもののひとつに散髪業務があると知り、散髪講座に行ってきました。ちょっとお高いハサミも買いましたよっ。
無力感にひたるのもいわばエゴ。エゴ沼に沈まずに、冷静に自分ができることをやっていきたいと思います。
そ、「丶(・ω・`) ヨシヨシ」をね。
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