鍼灸の世界に足を突っ込んで5年目で思ったこと。
TODAY'S CONTENT
1:好きなのは手段
2:デモしかの方がマシ?
3:セミナー商法
4:優先順位の再確認
5:当てられない占い師、治せない鍼灸師
1:好きなのは手段
鍼がわかればわかるほど、これまで身を置いていた占いとか心理学などの世界と共通するものがある、というかむしろ同じという感を強くするようになりました。
占いが好きな人は問題解決に熱心ではない、という傾向があることは早々に感じていました。
なぜなら、問題が解決してしまったら占う必要がなくなるからです。
目的は問題を解決することではなくて、占いのパフォーマンスを楽しむことだからです。
うわ、当たった!
そんな解釈もあるのね!等々。
占いの研究には熱心ですが、そのお題を提供してくれる生きた人間の生態そのものについては占いの理論ほど興味はありません。
占いが好き、から入った人と、悩み相談をするために占いに行き着いた人では、占いはもちろん人との関わり方も異なります。
悩みを解決する、というゴールは一見同じに見えても。
前出の「占い」の部分を「鍼灸」に置き換えても全く支障がないという。
鍼灸垢のTwitterを眺め始めた当初、なんだこの花畑は、と感じたのですが、その花畑の正体をようやく言語化することができました。
鍼灸の世界はあまりに偉大なために、その偉大さにひれ伏してしまっている人の多いことよ。
いわば信者さん。信者さんの発する言葉は往々にしてポエム化しがちです。ポエムの花が咲くお花畑となるのです。
鍼灸の偉大さ≒古典の偉大さで、古典崇拝の方々はその理論の研究に熱を上げ目の前の患者さんは後回し。
これも四柱推命や易と同じパターンです。
四柱推命や易が生まれた時代の中国と今の日本で価値観が同じわけがなく、過去の価値観で成り立った理論が今の世にそのまま通用するはずもなく、現代にフィットしたアレンジの解釈が必要です。
目の前の患者さんは一人一人異なる人間だから理論が通用しないこともあるということには蓋をして、いかに理論を成立させるかということに血道をあげ事実をねじ曲げます。
それが「効いているはずだ」となるのです。
効いてないのに。
だから治せないのです。
治せない鍼灸師と当てられない占い師。
2:デモしかの方がマシ?
とある整体師さんの発言です。
整体師に向いてる人、向いてない人ってどんなんですか?という患者さんからの問いかけに
「人のために」ということが動機の人は成功しない、と答えていらっしゃいました。
100%とは言いませんが、「人のために」が主動機の方は自己犠牲に走りがちだからです。
そして「人のため」の手段が限定されすぎ。
どんな仕事も基本的には「人のため」です。
そして「人のため」を志す動機の多くが自身の欠落感を補うための手段として。
なにが欠落しているのかがわからずにただ「人のために」をやってしまうと、とうぜん待ち構えているのは燃え尽き症候群、もしくは目指すところにいつまでたっても辿りつけないと言う無力感です。
デモしかさんの方が冷静にペース配分ができているので、安定した結果に繋がりやすいです。
3:セミナー商法
当てられない占い師は研究家になると言われています。
理論の研究に血道をあげ、本をいっぱい出版します。
ひとりひとりの人間に向き合わなくていいから。
それと同じで(同じなのか?)個人セッションなんて怖くてできない、セミナーやる方が楽、と明言したNLP者にも遭遇しましたよ。
鍼灸業界でもセミナー商法が蔓延っている様が想像を遥かに凌駕しているのでたまげました。
4:優先順位の再確認
かつて教師になりたい、と言うご相談がありました。
いえ、ありません(どっちやねん。
なりたい、というご相談であれば、「どうしたらなれるか」「なるためにはどうしたらいいか」という尋ね方になるからです。
教師になれるでしょうか?
でした。
なれない、と結果が出たら、この方は教師の道を諦められるのでしょうか。チャレンジすることもなく。
このチャレンジの芽を摘むという結果につながる占いの運用法は好ましくないですね。
なれるかどうかの結果の後、次につながる何らしかの道を提示しないと、アンモナイト。
脱線しました。
よくよくお話を伺ったなら、この方が好きなことは数学で、数学に関わるために数学教師を志されたのです。
数学が好きという動機で数学教師になったなら、生徒との関わり、教えることにエネルギーを取られ、数学そのものを楽しむこと、研究することと最悪当座かることとなりかねません。
数学が好きな人が、教え上手な先生になるとは限らないのです。
この方には、研究職の方がいいのではないか、とご提案させていただきました。
教師を目指すのであれば、自分の数学愛をあくまでもきちんと認識した上で目指してください、と。
ヒョッとして、教師たのしー!となるかもしれませんしね。
数学と関わる手段が教師になることだけではないということをわかっていただきたかったです。
5:当てられない占い師、治せない鍼灸師
悲しいことに、当たっていても問題が解決しない、というケースも多々です。
ということは、占い師の本領が当てることであるなら、問題解決は占い師の領域ではないのでしょう。
そしてまた、鍼灸の治療現場においても、主訴が霧消しているにも関わらず満足していただけない場合がある。
つまり、痛みなどが治る以外のものを求めていらっしゃるということです。
求めていたものが得られなかった患者さんは、たとえ痛みが消えていたとしても、治らなかった、という印象を持たれることでしょう。
目の前の人は何を求めているのか、何が必要なのか、そのために自分は何ができるのか。
自分ができること、自分がやりたいこと、相手が求めていること、この3つが程よく交わると皆がハッピーになりますね。
しかしこの図式はマーケティングの基本だという恐ろしい事実。
自分ができること≠自分がやりたいこと≠相手が求めていること
現実は⬆︎これであるという認識を持つことがまず必要なのではないかと。
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