これ↓の続き
”こんな話に自分を重ねて慰めている”
ほぅ、ということはハイクさんはこのお話で慰められたのか、自分の気持ちに言い聞かせることができたのか。
実は愛されてるんだよ、と。
おかあさんの愛情表現はわかりにくいけど、実は愛されてるんだよ、と。
主人公の花乃ちゃん、ママに嫌われていると思っています。パパは花乃ちゃんに優しいです。パパとママは仲が悪いと思いきや、密かにイチャイチャしてます。
それを見て、パパとママの仲は悪くないのだ、と安心します。
でも。
ママは花乃ちゃんを置いて出ていこうとします。
自分のせいでパパとママが別れざるを得ない。自分がいなければパパとママは一緒に居られる。
オウチには鍵のかかった秘密の部屋がありました。天使の部屋です。天使の部屋には天使しか入れません。入ろうとした花乃ちゃんにママは「あんたは天使じゃないから入っちゃダメ!」ときつく言います。
私も天使だったらいいのに。
おばあちゃんとの会話で、天使とは天国にいるもの、天国とは死んだ人が行くところ。だったら自分も死ねば天使になれるのでは、と花乃ちゃんは思ってしまいます。
鍵のかかった天使の部屋に入れば、自分も死んで天使になれる。死を決意して部屋に入りました。
そこは花乃ちゃんが生まれる前に逝ってしまったお姉ちゃんの思い出の部屋でした。
ママはお姉ちゃんを逝かせてしまった罪悪感のために、花乃ちゃんを愛さないように、愛さないようにしていたのです。
そして逝ってしまった子のことだけを思って生きていこうと、花乃ちゃんを捨てようとしたのです。
ママは花乃ちゃんを抱きしめて言いました、「ママは花乃のこと大好き!」と。
部屋は片付けられることとなりました。めでたし、めでたし。
いえ、めでたくありません(どっちやねん。
私はこのお話を読んで、バッドエンドとしか思えなかったのですが。
ママの気持ちはずーっと亡くなったお姉ちゃんに向いていたのですよ。
自分は嫌われていたのではなかったのだ、ママはお姉ちゃんを亡くして辛かっただけなのだ。
これで救われますか?
自分は嫌われていたのではなかったのだ、ママはお姉ちゃんを亡くして辛かっただけなのだ。
これこそ必死の言い聞かせではないでしょうか。
ママが自分を見てくれていなかった、という花乃ちゃんの傷がこれで癒されるでしょうか?
嫌われていたわけではなかった、と安心はできても、目の前の自分より逝ってしまった人の方への想いが強かったということで傷つかないはずがないと思うのですが。
これが「して貰ったこととされたことは相殺できない」ということです。
もしもハイクさんが花乃ちゃんの物語をハッピーエンドと思っているなら、ハイクさんは絶賛セルフ言い聞かせ中なのではないか。
それがセッションレポートのあまりの理路整然ぶりへの違和感になっているのではないか?
3回のセッションをさせていただきましたが、まだ出てくるものがあるのではないか?
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