30代後半の主婦。涙もろい自分に困っています。
悲しい話に触れた時はもちろんのこと、感動するような話や、偉業を成し遂げた人や何かで頑張った人の話を聞いた時など、とにかくいろいろな場面、ささいなことで涙が出てきてしまいます。自分でも気が付かないうちに心を揺さぶられて、胸がいっぱいになってしまうのかもしれません。
自分自身に起きたことだけでなく、友人や知らない他人の話であっても、涙が出てしまうことが多々あります。その話をしてくれた相手を興ざめさせてしまうほどです。涙が出そうになり、何とかこらえようとしても、かえって涙が出てしまいます。
場所や時間、状況を問わず、自分の意思とも関係なく涙している自分は、何かの病気なのでしょうか。あまり泣かないようにする良い対策があれば、ご教示ください。(新潟・W子)
あなたの罪悪感を消滅させる
ヨシヨシする人ヨシヨシスト
いまぷ です。
W子さんはご自分の涙をコントロールすることができずお悩みですね。涙とは本来はコントロールできないもの。目にゴミが入ったなど生理的反応な涙ではなく感情を動かされることで流れる涙は、副交感神経が司っているそうで、たぎった気持ち:交感神経をなだめるために副交感神経が働くそうです。
ということは、涙もろい方というのは副交感神経が稼働するような、感情の動きが盛んだということです。感受性が高いということなのでしょう。
感動とは感情が動かされること。感受性が強いとは、感動しやすいと言い換えてもいいでしょう。
W子さんは涙もろすぎてお困りですが、世の中には泣けなくて困るという人もいます。周囲の人が泣いているのに、自分だけ泣けなくて困ったとかね。
泣けない方は涙を出させるに十分な「感動」がないのです、感情が動いていないのです。
涙もろいW子さんは、感情が動きすぎなのです。
たとえば、新美南吉の「ごん狐」、万人の涙を誘う物語だと思っていたのですが、「これのどこで泣けばいいのかがわからない」という発言に遭遇し、落涙ポイントって人それぞれなんだなあと思わされたことがありました。
落涙ポイントの個人差、それはその人の人生がどんな要素で彩られてきたか、その差なのです。
虫を厭ってその場で躊躇なく潰せる人がいるなら、その虫の死に涙する人もいるでしょう。何に涙するかは、畢竟その方の価値観の違いなのです。
W子さんは自分の気持ちを偽る必要のない、誰かから気持ちを抑え込まれることのない、幸せな環境にいらっしゃったのではないでしょうか?
感じたままに涙を流せるということ自体は、素晴らしいことだと思います。
ただ、その量と頻度がすぎてちょっとお困りなのですね。
たぎる気持ちを落ち着かせるために、お気持ちの言語化を習慣づけられることをお勧めします。
感動して涙が流れるにまかせているのって、いわばボキャ貧状態。そういえばいましたね、「感動した!」としかいえない総理大臣。
ご自分が何を感じているのか、深掘りをしていただけるといいですね。
「知人に孫ができた」ということを例にしてみましょう。
旧年来の知人から「娘が出産した、孫ができた」という報告を受けました。
脊髄反射で涙が出てきます、その涙にはどんな意味があるのか。
その知人は、長く「生きづらい」と苦しんでいた人でした。自分を大切にしていないな、と思わせる言動にもしばしば遭遇しました。大丈夫かな、元気かな、と案ずる気持ちがいつも頭の隅にありました。
知人を案じ続けていた自分が過ごした時間にも、思いが及びました。
知人も私も、いろんなことを乗り越えてきたんだなあ、と、知人はもちろん自分に対しても「愛おしい」という気持ちが溢れてきました。
「感動した」から「愛おしい」、吹き上がる噴水のような気持ちは、穏やかな水面のようになっていることでしょう。
まとめ:ただ流すに任せる涙はいわばボキャ貧状態、涙を流させるに至った感情の正体の解像度を高めましょう。
回答は最相葉月(ライター)さんです。
じつは私も涙もろく、映画館を出るとき顔がバリバリに乾いていることがよくあります。でも親の死では一滴の涙も流れなかった。そんな自分に驚きました。
映画やドラマではいくらでも泣けるのに、自分のことでは泣けないって方も多いです。あなたは自分のことで泣けますか?
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