70代女性。年齢を重ねても、相手を傷つけずに頼みを断る方法がわかりません。
先日は温泉地を訪れるツアーに参加し、80代半ばくらいとみられる他の参加者から「一緒に移動しましょう」と声をかけられました。私は自分のタイミングで移動したかったので本当は嫌でしたが、断りきれず同行することになりました。
訪ねた温泉地は、複数の温泉に順番に入っていくというやや複雑な形式で、その都度、服を脱ぎ着することになります。案の定、その参加者が着替えに手間取ったり、靴下を忘れたり、タオルを忘れて私に「貸してくれ」と言ってきたりしたため、時間と手間がかかりました。結局は時間内に全部の温泉を回りきれず、後悔しています。
考えてみれば、これまでも嫌だと思いつつ断りきれないことが何度もありました。よい断り方を知りたいです。(大阪・Z子)
あなたの罪悪感を消滅させる
ヨシヨシする人ヨシヨシスト
いまぷ です。
Z子さん、優しい!
Z子さん、いい人!
優しいZ子さんに「人の頼みを断って相手を傷つけてしまうダメな自分」と自責させてしまうものがありますね。
Z子さんに自責を強いるにっくき者、その正体は「人の頼みを断ってはダメ」というビリーフです。
ええい、この悪しきビリーフめ!Z子さんに、望まないことを断りにくくしやがって!!
おそらく、いえ、間違いなく、何者かが「人の頼みを断ってはダメ」という偏った考え方をインプットしたのです。おそらく、いえ、間違いなくその悪人はZ子さんが自分の頼み事にノーを返してきた時に、「やだ、この子ったらお母さんの頼みを断るだなんて」とか、「お父さんの用事より自分を優先するのか」なんてZ子さんに加害者意識を植え付けたものと思われ。
自分が相手の頼みを断ると相手が傷ついてしまう
このようなビリーフをZ子さんが抱いていらっしゃるがために、Z子さんが「人の頼みを断る」と相手が傷ついてしまうのですよ。
いえ、傷ついていません(どっちやねん)。
「傷つけるであろう」と思われているので、「傷ついた」ように見えてしまうのですよ。
例)
「嫌われる」と「嫌われていると思ってしまう」の違い
>よい断り方
断ることは誰かを傷つけることではない、この考え方をインストールすることです。
断ることは誰かを傷つけること、この考え方がいつどこで誰によってインプットされたかを、見つけてください。「断る=だめ」という考えが自分本来のものではなく、誰かから強制的に植え付けられたもの、自分に必須なものではないということを納得していただけるかと思います。
イヤなものをイヤと相手に伝えるのは、これは単なる業務連絡です。ただの業務連絡に、感情を乗せてしまうからややこしくなるのです。「これを言ったら相手はどう思っちゃうだろう?」って。
どう思うかは、相手の都合です。どんなに喜ばせようと思って言ったことでも、相手がどこに反応して傷つくかどうかわかりません。
相手の反応を気にするのは後のこと、自分の思いに必要以上の意味を持たせずに単なる事実として伝えること、これに慣れていただくのがいいかと。
回答は小川仁志(哲学者)さんです。
だとすると、単純に勇気を出してノーと言えばいいというものではありません。最終的にはノーと言うのですが、相手を傷つけないように、そして自分も冷たい人間になってしまわないように、悩む姿を見せながら、最後は「ごめんなさい」と言うのです。
本気で悩む姿を見せれば、ちゃんと相手に伝わるものです。「困った時はお互いさま」といいますが、断る時もお互いさまなのです。
相手を悩ませてしまった、と自分を責めることのないように。
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