必要ないものは手に入りませんし、自分を幸せにしないものとも縁はつながりません。
要らないものを欲しがって、手に入らないことでわざわざ自分を不幸にする必要はありません。
過去の欲求に執着すること、前進することへの怖れ。
『執着』とは、過去の欲求を現在の状況の中で満たそうとする試みです。
しかし今の状況やそこにかかわる人々が過去の欲求を満たすはずもなく、
なおかつ現在の状況からは何も受け取ることができません。
by チャック・スペザーノ
たとえば、ケーキ屋さんになりたい、としましょう。
ケーキ屋さんになることによって、あなたは何を得ることができますか?
これ、いつものメタ・アウトカムです。
メタ・アウトカムを繰り返していって、最終的には「幸せ」にたどりついたとしましょう。
あなたがケーキ屋さんになることで得られるもの、幸せ。
あなたに必要なのはケーキ屋さんになることではなく、幸せなのです。
ケーキ屋さんにならなくても、幸せを得ることが出来ればいいのです。
ケーキ屋さんになること=幸せ、ではありません。
では、次はこの逆です。
欲しいのにどうにも手に入らないもの、なりたいのにどうにもなれないもの、それを欲しいと思った原点はなんでしょうか?
ケーキ屋さんになりたい、としましょう。
小さい頃、あなたのおうちはケーキ屋さんだった。
おうちがケーキ屋さんだった頃の我が家はたいへん幸せだった。
家族も仲良しだった。今はそうではない。
じゃあ、ケーキ屋さんになったら、あの頃の幸せが手に入るのかも。
じゃあ、ケーキ屋さんになろう。
あなたが欲しいのは、過去の幸せです。
過去の幸せと同じものはもう手に入りません。
なので、過去の幸せを手に入れる手段としてケーキ屋さんになろうと思っても、
ケーキ屋さんになるための道がつながらないのです。
あなたが現在もとめているもの、かつてそれを手にしていた時があったなら、
その時のあなたにあって今のあなたに無いものは何でしょうか。
それこそが、あなたが執着しているものの本当の姿です。手段と本体をごっちゃにしないでくださいね。
かなえたいと思ってるのに叶わない夢、欲しいと願ってるのに手に出来ないもの、根っこの見直しをしてみませんか。