相談文全文はこちら
https://www.yomiuri.co.jp/jinsei/20210726-OYT8T50052/
・50代女性会社員、職場や地域で仕事や役割を任せてもらえない
・それは私が自分勝手だから、他人を見下しているからだと思う
・人とうまくやろうと思わない
・一見人当たりの良い人もただ話を合わせているだけで、実は私のことを嫌っている殻もしれない、信用してはいけないと思ってしまう
・だらしのない人が許せないが、そういう人ほど仕事や役割を任せてもらっているよう
・職場では私が最年長なのに
・仕事や役割を任せてもらうためにはどうしたら良いのか
・人とうまく関わるつもりのない私は無能なのか
わー、矛盾という言葉の元々の意味を思い知らされるかのようなご相談です。
矛(ほこ)も盾(たて)も無しで相談者さんをギュってしてくれる人はいなかったのでしょうか。
今日のサイコロ、文鳥様が振ってくれました♪
山火賁の初爻
賁其趾/舎車而徒
足を飾る、車を捨てて歩く
これは車などで自分を大きく見せることなく、自分の足で歩いて行きなさい、と示されています。
見下す、マウントは自分を大きくみせるために他者を貶めること。
素の自分ではダメだと思っているから。
任せてもらえないということは、任せてもやり切って貰えないと思われてしまっているのかも。
本当にできる人なのだということをわかって貰うために、まずは頭を垂れて教えを乞うことが必要でしょう。
なぜ見下すようになってしまったのか、なぜそうも強がらなくてはいけなくなったのか、その原因となったものの棚卸しを是非ともなさってください。
自分は本来は人と関われない無能などではないのだ、と気付けるのではないでしょうか。
回答です。
ヤマアラシのジレンマそのものですね。
滝詣連続349日目(2021/07/27現在)
小学生じゃなくて中学や高校の大きい子がラジオ体操の前や後に固まってダベってる光景、夏休みっぽくて好き。