60代のパート女性。ものすごい悩みってほどではないんですけど、時々面白くなく腹がたちます。夫が無口でつまらないんです。
夫の性格はわかっていますし、2人の時はどうにかなります。でも、イライラするのは、娘の家族が遊びに来たり、親戚の集まりがあったり、友人家族と会ったりした時です。黙って何もしゃべらない、一応話に反応はしてにこにこしているものの、自分からは全く話題をふらず、聞いているだけ。みんな性格を知っているのでいいんですけど。
私は自虐的なネタを話す方で、夫が頑張っている点など良い話をしてくれると救われるのに聞いているだけ。気が利かず、何も言いません。私は夫のいいところも話しているのに。男ってそうなんでしょうか。
夫にちょっとした一言を言えるようになってほしいです。どうしたらよいですか。(東京・J子)
あなたの罪悪感を消滅させる
ヨシヨシする人ヨシヨシスト
いまぷ です。
これ、実はすごくいい例なんです。
なんの例か?
人の感情はミルフィーユのように多層をなしていて、大切なものほど底に隠れていて見つけにくいってことの例です。
高い温度のものって上に上昇してきやすいじゃないですか。
お湯を沸かしていて、上だけ触ったら熱いけど、下は全然沸いてなくて冷たいってのと同じで。
わざわざ口にするのはちょっと憚られる、でも、本当は伝えたい大切な気持ちがある、そういうものがある時に人は「腹がたつ」んですよ。
怒りの言葉を口にすることで、喉に詰まった栓をとっぱらおうとしているのです。
口にしたら止まらなくなった、ってことないですか?
それは、表に出さないようにしていた本音が、ラムネの瓶から栓をとっぱらったように吹き出している状態なのです。
で、蓋をされていたものって、怒りとかネガなものだけじゃないんですよ。
あるのが当たり前でわざわざ言葉にしない、相手を思う善なる感情。
例えとしてちょっと違うかもしれませんが、心配性のお母さんは怒りん坊、ってのと同じ図式です。
例え)
寒い日にお風呂上がりに裸で走り回ってる男子にお母さんが怒ります、「さっさとパジャマを着なさい!」と。
就寝前の工程がスムーズに進まないことにさぞかしお母さんはイライラしていることでしょう。
いえ、イライラしていません(どっちやねん)。
お母さんは大切な息子が風邪を引くのではないかと、ハラハラしているのです。
心配だからこそ、「さっさとパジャマを着やがれ!」と怒っているのです。
風邪ひくかどうか心配だなんて当たり前でしょ?
当たり前だから、わざわざ言葉にしないし、自分でもそんな気持ちがあることを忘れてしまうんですよ。
そして残るのは「ウチの子は風呂上がりにいつまでも裸でウロウロしてうざい」という怒りの気持ちだけなんです。
J子さん、夫さんがいいところもあるってわかって欲しいんですよ。
せっかくのいいところ、それを披露する機会がなく、夫さんがいい人だってわかってもらうための機会損失になっていることに腹が立つんですよ。
腹が立つのに違いはありません。
でも、その動機が違うとするなら?
心持ちが変わってくるんですよねー。
ああ、私って夫のことが大切だったんだ。
改めてそう腹落ちすると、大切なものを取り戻した感じて、とても平和な気持ちになれます。
夫さんが人が集まる場で喋ろうが、喋らまいが、どうでも良くなります。
いらぬジャッジもせず、「ただそこに居てくれるだけ」という夫さんの存在に、親戚の方々も安心していらっしゃるのではないでしょうか。
ただ居てくれるだけでいい人
夫さんの存在の尊さよ。
回答はいしいしんじ(作家)さんです。
会話は心のやりとりだ。あなたがさりげなく、夫を輪のなかへ引きいれる。「ごめんね、わたしばっかしゃべっちゃって」「ねえ、あのこと、おぼえてる?」
相づちでも、一瞬の微笑であっても、心の交換がなされたなら、そこには豊かな会話が成立している。
まあ、言葉はあると安心ですけどね。
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