私の言葉ってキツいの?とお悩みの方もあれば
言葉がキツいと言われる
その反対として、キツいことばかり言われちゃう、って凹む方もいらっしゃることでしょう。
みなさんご存知のように(知らんか)私は歯に着せる衣(きぬ)をあまり持ち合わせておりませんで、キツいと言われることには慣れております(慣れるな)。
キツいとはよく言われますが、他者の言葉を「キツい」と感じることはあまりないように思っていたのですが、先日、珍しく「キッツいなあ」と感じることがありまして。
そのとき「キッツいなあ」と感じて初めて、そういえばあんまり「キツい」って感じないよな、と気づいたのです。
私に「キッツい」と感じさせた方、確かに「キツいと言われがち」とおっしゃってました。
でも私はその方を「キツい」と感じたことはなかったので、人それぞれなんだろうなぐらいにしか思っていなかったのです。
なので自分がその方を「キッツいなあ」と感じてしまったことがすごく意外だったのです。
何がキツかったんだろう?
考えました。
とあることをボヤきました。
ちなみにそのボヤきは、他の方にも散々投げかけていたものです(迷惑だな、おい)。
これまで他の方から得られたものとは違うものが返されてきました。
ということに気づきました。
そうか、私は乞食をしていたんだな。
ということに気づきました。
欲しい答えを求めて、ボヤいていたのだな。
これまではたまたまというか幸い、私が望む答えばかりが返されていたのだな。
望む答え以外のものが初めて返されて、勝手な期待を裏切られて「キッツいなあ」と感じたのだな。
勝手にぼやいて、期待通りの回答じゃないからと勝手に傷ついて、迷惑な話ですよね!
期待は失望とセット。
だって貰うのを口開けて待ってるだけだから。
自分が欲しいものを貰えるとは限らない。
期待ではなく「こう、ありたい」という目標を持つことで、勝手に傷つくことを回避できます。
そう、ボヤいてるだけでは前に進むことはできなかった。
前に進まないための言い訳をして、その言い訳を許してもらえる言葉を期待していたことが、よくわかりました。
痛みというのは、そこに何かあるからです。
何もないとこを触れられても、痛くなどありません。
どんな傷があるのか、どんな絆創膏を貼ってどうやって痛みを凌いでいるのか。
誰かの言葉に反応してしまった時は、どんな傷に触れられてしまったのか、探ってみましょう。
傷の正体がわかれば、痛みを庇うことなく、より自由に動けるようになりますよ。
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本年はお世話になりました。
体調不良で休むことが多く、ご迷惑をおかけしました。
来年は皆様のお悩み解決のお役に立てるよう、心身ともに整えていく所存です。
明日1月1日は、ミント神戸15献血ルームにて無料リーディングです。
ご利用くださった方には、命式作成のサービスをプレゼント。
初詣の帰りにぜひ献血ルームに足をお運びください。
