キリスト教における原罪とは、アダムとイブが神の命令に背き、禁断の木の実を食べてしまったことです。
原罪=人類最初の罪。
人はデフォルトとして罪人であり、それを許してくれるのがイエス・キリストなんですね。
他にも色々解釈はあるようですが、不勉強ゆえこの程度の認識しかありません。
実は非クリスチャンにも、原罪に近しいものがありましてね。
非クリスチャンなので、生まれ持ったものではありません、生まれた後に発生するものです。
人が生まれてから、一番最初に抱く罪悪感がそれです。
一番最初で、なおかつほぼほぼあらゆる人が抱くもの。
なんだと思います。?
「親を幸せにできないこと」なんですよ。
なんや、それ!と思ったそこのあなた。
そうでしょ、そうでしょ、「なんや、それ!」って思っちゃいますよね。
こんまい子どもがどうやって親を幸せにするんや、幸せにできんことでなんで罪悪感抱かなあかんのや!って。
子どもが親を幸せにできないことで罪悪感を抱いてしまう仕組み、これから説明させていただきますね。
お父さんとお母さんが喧嘩をしています。
お父さんは怒った顔をしているし、お母さんは涙を流しています。
お父さんとお母さんの様子を見た子ども(仮に3歳のさっちゃんとしましょう)はどんな気持ちになるでしょうか?
お父さん怒ってて怖い
お母さん泣いててかわいそう
なんとかしなきゃ
ねえ、ねえ、お父さん、
これ、面白いよ
読んだら笑っちゃうよ
と、絵本をお父さんのところに持って行きます。
お父さんはチラと横目で眺めるだけ。
絵本を持っていってもお父さんは怖い顔のままです。
ああ、私の力ではお父さんをニコニコさせることはできない。
そうだ、
お母さんに私の好きなジュースを
持っていってあげよう
おいしいからきっと
喜んでくれる
そう思って冷蔵庫からジュースを取り出しましたが。
が。
ジュースの紙パックの重さはさっちゃんの手に余り、手から滑り落ちて床にこぼれてしまいました。
お母さんの仕事を増やさないで!
泣いてたお母さんが怒りました。
こんなつもりじゃなかったのに。
お母さんを泣き止ませるどころか怒らせてしまった。
ああ、私ってなんて無力なんだ(もちろん3歳の子に”無力”というボキャブラリーはありませんが)
お父さんとお母さんを笑顔にすることができない
しかし、そもそもさっちゃんは、なぜお父さんが怒っていてお母さんが泣いていたか、その原因を知らないのですよ。
さっちゃんにわかっているのは、「お父さんが怒っていてお母さんが泣いている」という現況だけです。
「どうしたらいいんだろう」と悩んでも、答えはわかりません。
「どうしたらいいんだろう?」はやがて「どうして」お父さんは怒っていてお母さんは泣いているんだろう?に変わります。
「どうしたらいいんだろう?」がわからない以上に「どうして?」の答えはさっちゃんの元にはやってきません。
そして、「どうして?」「なぜ?」と原因不明なものに対して、人は実に安易な解決策を講じるのですよ。
「私のせいかもしれない」と。
視野の少ない人であればあるほど、原因を自分にもってきます。
だって他のことが思いつかないから。
大人であっても視野の狭い人、認知の歪んだ人はこの傾向が強いです。
お父さんが怒ってお母さんが泣いている
↓
私の力では2人を笑顔にすることはできない
↓
どうして2人は笑顔じゃないの?
↓
2人を笑顔にできない私のせいかもしれない
お父さんが怒っていてお母さんが泣いているのは私のせい
はい、罪悪感の一丁出来上がり。
子どもは親がハッピーな状態でないことを、自分のせいだと思っちゃうんですよ。
私のせいでお父さんとお母さんが笑顔になれない、って。
私が悪い子だから、と。
認知が歪んでいるにも程がありますね(違)。
子どもの世界では親が全てなのです。
親が子の生殺与奪を握っているのです。
つまり、親がハッピーでない様子を見せられている子ほど、罪悪感が強くなるのです。
夫婦喧嘩を見せることも虐待だっていいますよね。
争う姿を見せられて傷つくのは当然ですが、「私のせいで」という罪悪感まで抱かされてしまうのです。
インプットされた罪悪感の種は、その後成長するにしたがってあらゆる場面で罪悪感の禍々しい花を咲かせるのです。
私、なんかした?
ひょっとして私のせい?
私が悪いんだ
私さえ我慢すれば
耳元でこう囁き続けるのです。
さあ、この罪悪感のイバラに全身を絡め取られてしまった人をどうすれば救い出すことができるのか。
「私が悪いんだ」「私のせいなんだ」、そう思わせてしまった諸悪の根源の姿を明らかにします。
そういえばお父さんのお父さんがお金をよくせびりに来て、お母さんはいつもお金がないってこぼしてた。でもそれをお父さんに言ったらお父さんは怒るのよね。
そうか、お父さんとお母さんが笑顔でいられなかったのって、お父さんのお父さん(お祖父さん)のせいだったのね。
なんだ、私って何も悪いことないじゃない!
お父さんとお母さんが笑顔でいられなかったのは私の”せい”ではなかったけど、2人を笑顔にさせられなくてダメな自分って思っちゃってたよね。
私がいけない子だから、お父さんとお母さんが喧嘩してるのかと思っちゃってたよね。
さ、自分のせいではなかったと気づいていただけました。
あと一息。
お父さんとお母さんが仲良くしてなくて嫌だったよね
ニコニコしていて欲しかったよね
三人で仲良しできなくて寂しかったよね
丶(・ω・`) ヨシヨシ
これが罪悪感を手放していただくための基本形です。
問題の原因は自分ではなかったと気づいていただくこと。
そして、その原因のせいで自分にどんなデメリットがあったか、そのデメリットがなければどうなれていたかをわかっていただくこと。
デメリットがなければ得られていたものは、あなたが本来獲得すべき成果です。
その成果を手にしたなら、「どうせ私には掴めない」と諦めていた未来も可能性が見えてくることでしょう。
罪悪感ゆえに、「私にはそれを掴む資格はない」と諦めていたものを掴むことができるのです。
罪悪感の種、意識の奥底深くに埋もれているので簡単には見つからないかもしれません。
過去現在未来を行き来して、潜在意識を探るコネクトロンのフルセッションがお役に立ちます。
あなたから罪悪感をとっぱらうために。
あなたは悪くない
コネクトロンはずっと言い続けています。
