【人生案内】他人の幸せ 認められない

千葉・D子さんからのご相談です。

30代既婚の会社員女性です。子どもの頃から他人の幸せを素直に喜べず、親しい友人に恋人ができても別れを願ってしまいます。自分が結婚・出産してもその気持ちは変わらず、仕事や年収、家事分担、出産年齢まで他人と比べてしまいます。性格の悪さを自覚しており、そんな自分に強い自己嫌悪を抱いています。

(読売新聞人生案内2026/05/09分を要約しています)

こんにちは
あなたの罪悪感を消滅させる
ヨシヨシする人ヨシヨシスト
いまぷ です。

人生案内というお悩み相談の場ですから、本来ならD子さんのお気持ちが楽になるような回答らしきものを提示すべきなのでしょう。

ごめんなさい、D子さん。私はD子さんが可哀想でなりません。

「可哀想」という言葉に見下し感を抱かれる方が多いですが、実は「可哀想」って哀れむべき存在ってことです。ひょっとすると「哀れむ」にも見下し感を抱かれる方があるかもしれませんが。

雨に濡れている子猫を見たら、「濡れてかわいそう」「どうにかしてあげたい」って思いませんか?

「哀れむべき存在」って、「ケアが必要だ」ってことなんですよ。

D子さんにはケアが必要、ケアが足りてない。子供の頃から他人の幸せが喜べないなんて、子供の頃から自分には何かが足りていないと思っているなんて。

幼いD子さんの周りには、D子さんを満足させてくれる大人はいなかったのでしょうか。

不満とは、実際に何かが不足している場合と、他者と比べて自分には不足していると思ってしまう、この2つがあります。

他者と比べて自分には多いか少ないかなんて、小さい子どもにはわかりません。多いか少ないか、そこには他者(大人)のジャッジが関与している可能性が大いにあります。

D子さんは子どもの頃からずっと「自分には足りていない」と思わされ続けているのですよ。

これが可哀想でなくて何が可哀想でしょうか。

あなたは十分に満ち足りているんだよ
いっぱい持ってるんだよ
それ以上欲しがる必要はないんだよ

そのように思わせてくれる人がいなかったのです。

欠落感、渇望感をあおられるばかりで。

可哀想なD子さん。

あなたは悪くありません。自分を責める必要などありません。

お気に入りのもの、持っていたのに、自慢したかったのに、「いいの持ってるね」って誰も言ってくれなかったね。

○○ちゃんが持ってるものの方がいいよ、って意地悪ばかり言われてたよね。

嫌だったよね。

丶(・ω・`) ヨシヨシ

自分を見るよりヨソを見る癖、それはなかなか根深い習慣となっているかもしれません。

意識的に矯正しましょう。

まずは自分が持っているものを、他所を見ずに棚卸し、リストアップをなさってください。

他所を見ることなく。

ご自身が持っているものの多さに驚かれるのではないでしょうか。

自分が持っているものの豊かさを「まず」は認めてください。

それでさらに量を増やしたいとか質を上げたいと思ったなら、そのためのアクションを起こされたらいいではないですか。

他所を見ることなく。

これまでの癖で、つい見てしまうでしょう。見たらつい、比べてしまって、羨ましいと思う気持ちが出てくるかもしれません。

でも、矯正です。頑張って意図的に見ない習慣づけをなさってください。

自分の豊かさを再認識するために。

D子ちゃん、いいのいっぱい持ってるね、って言ってもらえなくて寂しかったよね。

丶(・ω・`) ヨシヨシ

 

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