昨日から何故かTwitterで毒親系のツイートがいっぱい流れてきてるんです。
毒親のもとで育って成人した人たちの、大人になっても生きづらいのは毒親環境で育ったせいだって悲痛な訴えに、膝の皿を割りまくりでしてね。
これとか
「大人になったら親のせいにするな」って、一見もっともらしいけど、「原因」と「責任」を混同しているんですよね。
— ソク=ラテス (@busydess_ojisan) August 29, 2026
今後どう生きるかの責任は、大人になった自分にある。
でも、なぜこんなに生きづらい状態からスタートしたのかという原因まで、自分に書き換える必要はない。… https://t.co/mxTHVbQAz4
子供の時のことをいつまでもグズグズいうなという人たちには、わかってもらえないんだろうなあ、歳をとっても小さい頃のことを引きずっているめんどくささ。
そう、いかに小さい時のことを人は引きずっているものなのか、という(恒例の)お話です。
↓これの続き
では、問題です(入学式の謎)
実は私、「人に顔を覚えて貰えない」という悩みがありまして。
いえ、正確には「”人に顔を覚えて貰えない”と思っている」という悩みなんです。
実際、着物生活してる時、着物姿の私しか見たことない人には、洋服を着た私に全く気づいて貰えませんでしたし。
私の顔なんて誰も見てないんだなあと思わされたものです。
私が現在認識して貰えてるのは、金髪とショートとメガネのおかげだと思ってます。
このどれかひとつでもやめたら、きっとすれ違ってもスルーされることでしょう(と、思ってます)。
数回しか会ったことない人に街で遭遇して、挨拶しよかな、でも私のことなんてどうせ覚えてないよな、と声かけをためらうのです。
入学式の時の話に戻りましょう。
教室を見回して、みんなが行儀良く膝の上に手を揃えているのを見て、私は「みんなと同じことしちゃダメだ」と思って、手を机の上に置いたのです。
この記憶はずっとあったのですが、なんで小一の子がそんなこと思うんだろ?と自分でもわからなかったのです。
根っこにあるものに思い至ったのは、「”顔を覚えて貰えない”と思っている」と気づいた時です。
そうか、人と同じことしてちゃダメだと思ってたのか。
かといって、ものすごい目立ちたがり屋だったというわけでもなく。
これも私のパターンですね、ダメなとこはわかっているのに、それに対してアクションを起こさない。
私にできるのは、机の上に手を出すことぐらいなんですよ。
小一の時点で「周囲から顧みて貰えない自分」というセルフイメージが確立されていたということです。
なぜそんなセルフイメージを持つに至ったか、そりゃ「顧みて貰えてない」からですよねー。
父からも母からも養育を拒否され、「いらん子」認定されてしまっていたから。
「いらん子」というセルフイメージのまま歳をとってしまったのが、今の私です。
みなさんお馴染みの、パートナーを見つけるための簡単な方法
理想のパートナーを見つけるための簡単な方法
私のこれの答えは「自分を必要としてくれること」だったんですよ。ドンピシャすぎて、笑うしかないですよね!
さあ、ちょっと自分語りが長くなりました(いつものこと)。
入学式のエピソードでお伝えしたかったこと、それは次回に続く。
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