思い出すことで先に進めるようになる(入学式の謎)

3回連続ものとなったこちら

では、問題です(入学式の謎)

これを読まれての感想を頂戴しました(仮称:ミキちゃん)。

読まれた方が、「こう思ってくださったらいいな」と期待した通りの感想だったので、他の方々にもシェアさせていただきたいとブログ掲載をお願いしたところ、ご快諾いただけました。

ミキちゃん、ありがとうございます!

今日のブログを読んで、「私もこれやがな!!」を発見しました。

今庄さんの入学式の思い出を読んで、保育園で給食食べるのが遅くてビンタされ廊下に放り出されて、泣き声がうるさいからお昼寝の邪魔だと外に出されて泣いていたら(給食のお盆とお昼寝の布団も放り出された)他のクラスの先生が部屋の中に入れてくれて、その先生が担任の先生に、ここまですることないや!!って言って担任と言い争いになってるのを見て、庇ってくれてる先生を見て、あぁ先生に悪いことしたな〰️って思いながら見ている自分を思い出しました。

3歳でもこんな気を使うんですね。

遅い私はあかん子、みんな早いから良い子。
めっっちゃ思い込んでました。
人より習得するのが遅い。とかも。

ま、実際そうなんですけどね。

おまけに、怖い担任が私の横に座ってクラスの記念写真を撮ったのですが、その時担任の先生が笑顔で座っているのを見て、びっくりして、先生の顔を信じられない顔で見ている私が写っている写真があります。
なので1人だけ横向いてる。

怖かったんやなぁ〰️とあの頃のちっちゃいちゃんをヨシヨシしてあげます。

いつもありがとうございます。

これや、これやがな!と膝の皿を割りましたよ。

皿割ポイント①

・庇ってくれる先生を見て、悪いことしたなと思った

子供はとにかく、大人世界の揉め事の原因は自分なんだと、自分を責めるのです。

これが人の原初の罪悪感と言っても過言ではありません。

なぜそうも子供は自分の”せい”にするのか、だって子供にとって大人(特に親)は世界の中心です。自分の生殺与奪を握っている存在です。大人に逆らえるはずもなく。

例)お父さんとお母さんが喧嘩をしているのは、私が悪い子だから

皿割ポイント②

・3歳でもこんな気を使うんですね

大人のいざこざを子供の目の前で展開して、「子供の前でそんなことしたらあかんやん!」と顰蹙喰らった際に、「子供だからわかってないって」という人がいますけど、その方はどれだけ周りに気を使わなくていい幸せな子供時代だったのですかねー。

大人に生殺与奪を握られている子供が、大人の顔色を窺わないわけがないじゃないですか。

どうかご自分の小さい頃を思い出してみてください。どれだけ周りに気を遣っていたかを。

天真爛漫、屈託がない、そういう状態でいられることは、とてつもない恵まれた環境なのですよ。

「子供らしくない」という表現がありますが、大人にとって子供が自分たちの顔色を窺っているなど、考えたくないことなのでしょうね。

皿割ポイント③

・遅い私はあかん子、みんな早いから良い子
・ま、実際そうなんですけどね。

「食べるのが遅い」というのは単なる事実。そこに「あかん子」というジャッジを乗せてしまうのが困りものです。

「私はダメな子なんだ」というビリーフ、着ぐるみの一丁できあがり。

皿割ポイント④

・先生の顔を信じられない顔で見ている私

ひょっとするとミキちゃんには、「人の笑顔は信じられない」とか「笑顔でいなくてはならない」というビリーフがインプットされていたかもです。

もしも「人の笑顔が信じられない」「笑顔でいなくてはならないと思っている」というお困りごとがあれば、この記念写真のエピソードを掘り出すことになるやもです。

皿割ポイント⑤

・あの頃のちっちゃいちゃんをヨシヨシしてあげます

これやがな、これやがな。過去をほじくり返すのは何のためかというと、ヨシヨシをしていただきたいからなのです。

※ヨシヨシとは
転んで泣いている子には「痛くない、痛くない」ではなく、「痛かったよね」と気持ちを受け止めてあげることが必要。そのことによって「転んで痛かった」という思いは昇華することができ、未完了なものを残さずに済むのです。

今庄の入学式のエピソードによって、ミキちゃんは保育園時代のことを思い出されました。

体験したことって、なくなってないんですよ。記憶の格納庫にしまわれてるだけで。

トリガーになるものがしまわれていたものを、無意識の格納庫から顕在意識へと引っ張り出すのです。

ミキちゃんは保育園時代のことを思い出すことによって、自分のことダメだと思っていること、周囲に気を遣ってしまうこと、それの原因に気付いてくださったことと思います。

自分のことダメだと思っていたよね
気を遣ってばかりでしんどかったよね
丶(・ω・`) ヨシヨシ

過去の自分を労るということは、労りが足りていなかった部分を満たしてあげるということ。

満たされたものは「ねえ、ねえ、私のこと満たしてよ」と袖を引っ張って歩みを妨げることが必要なくなります。

袖を引っ張って引き止められることがなくなり、これからはさぞかし身軽に歩を前に進めていただけることでしょう。

思い出し気づくことからヨシヨシへ、その一連の流れでした。

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最後までお読みくださりありがとうございました✨
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